「TRICK」の言葉のセンス

野際陽子追悼であろうか,Abema TVでドラマ「TRICK」全話一挙放送をやっている。TRICKの脚本は言葉・文字に対するセンスと明確な意図を感じる。B級感と鋭角的印象の両方を兼ね備えている,というかな。

B級感というのは方言の取り入れ方で,「主人公の山田・上田は標準語,警部補 矢部は関西弁,エキセントリックな(アパートの)大家や得体の知れない村人たちは東北弁ライクな田舎言葉」というのは「役割語」のいかにもなステレオタイプであり,しかも毎回この構図が変わらない。つまりこれら登場人物について深い読みを視聴者に要求しない。結果としてB級娯楽作品然とした枠組みのドラマができあがるわけである。

〈ヒーロー〉であるためには、聞き手・受け手が容易に自己同一化を行えるような特徴を持っていなければならない。そのような特徴のうち、言葉の面を捉えれば、それは〈標準語〉ということになる。(p.70)

1 冗談好き、笑わせ好き、おしゃべり好き
2 けち、守銭奴、拝金主義者
[…]
5 好色、下品
[…]
物語の中で〈大阪弁・関西弁〉を話す人物がいたら、右の特徴のどれか一つ、あるいは二つ以上の特徴を持っていると考えてほぼ間違いない。(p.82-83)

作者は登場人物に〈田舎ことば〉を使用させることによって、それを話す人物を積極的に周辺的・背景的人物として位置づけるのである。(p.58)

――金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店)

鋭角的印象というのはその徹底ぶりで,田舎言葉の「文節末の1拍が上がるようなアクセント」や「東北方言のような濁音化」を,少なくとも主要な演者すべてに細かく指導しているらしいことが窺える1。現実の方言との相違もあるだろうが,重要なのは彼らが「方言」を話すことそれ自体であり,この「方言」が実在するかは問題ではない。ほかにも,山田の母親の字が毎回ものすごく綺麗,部屋の張り紙類が全て小ネタ,など,言葉・文字にまつわる話が尽きない。

シリアスな場面,ダークな結末もあるのだけど,一方で上で書いたB級的な枠組みが確立されているので上手いバランスで全体ができあがっているなぁと思う。言葉の集積で作られた世界観のドラマだと思う。

こんなことを書いていると全話見直してしまいそうでこわい。


  1. 最初の劇場版では,いまや東北でもほとんど老年層にしかみられない「語中濁音の前鼻音」までが再現されていて驚いた(具体的には成海璃子の台詞)。 ↩︎