Black Lives Matter をどう訳すか問題
Black Lives Matter の日本語訳が難しい。「黒人の命( )大切だ」の空所に何を入れるか。が,は,も,こそ,など悩ましい。
柴田元幸です。Black Lives Matterをどう訳すか。「黒人の命は大切」「黒人の命も重要」「黒人の命こそ大事」…日本語では「は」「も」「が」等を選べることが話をここではややこしくしていますね。どれも正しく、どれも物足りない。それだけ元のスローガンが幅広いということか。Black Lives Matter!
https://twitter.com/monkey_info1/status/1269750349084033025
柴田元幸氏の「それだけ元のスローガンが幅広いということか」という見解はちょっと意外だが,センシティブな話題なのであえて濁した結論なのかもしれない……。
以下すべて,デモ自体に対する評価ではなく言葉の話である。
これは一見助詞の問題のようだが,実はmatterの方をどう訳すかという問題なのではないか。matterはどちらかというと否定・疑問形が多く,not matter で「関係ない」「どうでもいい」の意味になる。そこから考えるとmatterは「どうでもよくない」となる。日本語訳としては「『黒人の命はどうでもいい』なんてことはない」,つまり「黒人の命を軽視するな」などと逆側から言えば意図が分かりやすいように思う(実際,「黒人の命を軽んじるな」と訳している例がある)。
1[主に否定文・疑問文・条件文で]
1a[it matters (to A) wh節/that節](A<人>にとって)…か[…ということ]が重要である, 影響[関係]がある; [it matters (to A) if [whether] … (or not)](A<人>にとって)…かどうかが重要である(!進行形・命令文にしない; → whether 1)
▶It doesn’t matter much (to me) what you think.
君が何を考えようと(私には)あまり関係はない
(ウィズダム英和辞典第4版)
「大切だ」は意味が広いので,だしぬけに「黒人の命は大切だ」と言われても何が言いたいのか真意をはかりかねる感じがある。どのような大切さなのかが伝わらないし,「命が大切なのは当たり前なんじゃないのか?」という疑問も出てくる。おそらくこれを助詞の方でなんとかしようとした結果が「も」で,「(ほかの人種と同様に)黒人の命も大切だ」という含みを想起させるのはまずまずデモの目的からも外れておらず良さそうだが,原文にtooやalsoがないのに「も」が出てくるのがちょっと気持ち悪いし,なんだか他のついでのように扱っているみたいにも読めてしまう。かといって「黒人の命こそ大切だ」はさすがに原文から離れており,白人軽視のようにすら受け取れてしまうのではないか。
備忘をかねていくつかのメディアの日本語訳を載せておく。
NHK:逃走した黒人を射殺 警察官を免職処分 米アトランタ(2020年6月15日付)
このうちロサンゼルス近郊では、参加者たちが「 黒人の命も大切だ 」という巨大な文字を道路に描き、ニューヨークでは性的マイノリティーの権利を訴える人々も参加し、特に黒人のトランスジェンダーの女性が危害を加えられているとして抗議の声をあげました。
TBS:「ロシア人の命は大切だ」投稿がロシアでトレンド1位に(2020年6月10日付)
アメリカの黒人男性死亡事件で、「Black Lives Matter( 黒人の命は大切だ )」という抗議運動が広がっていますが、ロシアでも警察の暴力に抗議し、「ロシア人の命は大切だ」という投稿がネットランキングで1位となっています。
日経:東京で差別抗議デモ千人超 「対岸の火事ではない」(2020年6月14日付)
参加者は午後3時ごろから約2時間、時折小雨が降る中、「BLACK LIVES MATTER( 黒人の命も大事だ )」などと書かれた段ボールを掲げ、「差別はやめろ」と訴えた。
毎日:経済観測:「反」黒人差別の動き、企業にも=パロアルトインサイトCEO・石角友愛 - 毎日新聞(2020年6月11日付)
抗議者がよく使うスローガンに「Black Lives Matter( 黒人の命は大事だ )」というものがある。
朝日:(いちからわかる!)「ブラック・ライブズ・マター」どんな意味?(2020年6月13日付)
「 黒人の命も大切だ 」。米国での事件後、世界に広がったよ